Skip to content

私とシーシャについて

シーシャは嗜好品である。嗜好品とは人生を豊かにするスパイスである。

私はシーシャを嗜むことで、日常がより楽しいものになったと感じる。例えば、人と話をするきっかけになったり、話を弾ませることもある。次の言葉は有名だ。

シーシャはコミュニケーションツールになる。出展不明

2009年頃からウェブ上で見かけるようになった。今日では、シーシャを紹介するウェブサイトで散見する。確かに的を射た主張だが、私の考えるシーシャの楽しみ方の一つでしかない。

私の考えるシーシャの楽しみ方は、二通りに大別される。私がシーシャのみを目的として楽しむ場合と、私がシーシャとそれ以外の両方を目的として楽しむ場合だ。

シーシャのみを目的として楽しむ場合、登場人物は私とシーシャだけだ。私はシーシャと会話をするようにシーシャを楽しむ。シーシャは繊細で、炭の置き方や、煙の吸い方など、様々な要因によって出てくる煙に影響を与える。私はシーシャを吸い、出てくる煙を確かめながら、より美味しい煙が出るように、炭の位置や煙の吸い方を厳格に調整する。上手く調整ができたとき、つまりシーシャと対話ができたとき、シーシャは最上の煙を提供してくれるのだ。

シーシャとそれ以外の両方を目的として楽しむ場合とは、例えば、旅先のエキゾチックな雰囲気の中で嗜むシーシャであるとか、人との会話を楽しみながらシーシャを燻らせる場合である。シーシャがコミュニケーションツールになる場合というのは、こちらに分類される。この場合は、シーシャとの対話は存在しない。そのため、最上の煙を引き出すことは難しいが、これには別の楽しみがある。シーシャが、旅先の雰囲気を一層に盛り上げ、人との会話をますます弾ませる。極言すれば、シーシャ以外の目的が極上であればシーシャは不味くても良い。もちろん、美味いに越したことはない。

シーシャは嗜好品であるから、生きていくためには不要なものだ。しかし、私の人生にシーシャがなければ、甚だ退屈なものになっていたであろう。

この動画では1:30くらいから、ヨルダンの砂漠ワディラムのガイドさんと会話を楽しみながらシーシャを燻らせている。味はお世辞にも良いとは言えなかったが、至福のひとときを楽しむことができた。

Published in茶本悠介について

いいね!を押すと、ブログの最新情報を確認できますよ。

相変わらず自由につぶやいています。質問やご意見など、お気軽にどうぞ。

最新の動画をチェックしたい方は、YouTubeのページをご覧ください。

Be First to Comment

コメントをする

Copyright (C) 2015 Yusuke CHAMOTO All Rights Reserved.